●1810 | 文化7年 | メルヒオレ・フインク(ドイツ)曲木技術の発明。 |
●1837 | 天保8年 | ミハエル・トーネット(ドイツ)曲木椅子を作る。 |
●1841 | 天保12年 | フランス、バルギー、イギリス等でミハエル・トーネット曲木家具の特許を取得する。 |
●1856 | 安政3年 | トーネットがオーストリアのボヘミア、メーレン地方に曲木の大規模工場を建設し本格的な量産体制に入る。 |
●1901 | 明治34年 | 日本国が初めて海外よりトーネットの曲木椅子を輸入、曲木椅子の制作を民間に奨励する。 |
●1907 | 明治40年 | 大阪の泉製作所、東京の渋谷製作所で曲木家具の生産を始める。 |
●1911 | 明治44年 | 秋田県湯沢で秋田木工拓殖会社(現在の秋田木工株式会社の前身)創立。 |
●1920 | 大正9年 | 8月10日「豊富なブナ材資源」と「飛騨の匠の伝統を受け継いだ職人」と云う背景の基に、資本金三万円で中央木工株式会社(現在の飛騨産業株式会社の前身)設立。当初より完全な株式会社でのスタートであった。 Long long ago・・・・・某地方に於いて曲木に従事していた経験者が当地方に帰郷、創立と同時にスタッフとして迎え入れて事業を開始した。 飛騨地方には豊富なブナ材があったが、当時は下駄の歯や木炭に利用されていた程度で、資源としては問題視されていなかったが、中央木工(株)は其の緻密で曲げ適性に着目、いち早く家具用材に開発した。 創業当初の製品は何れもトーネットのコピーではあるが、その技術は今日的に見ても大変難度の高いものである。 |
●1923 | 大正12年 | 社名を飛騨木工株式会社に改称、資本金拾万円となる。 |
●1924 | 大正13年 | 旧中国「満州・支那」、朝鮮、南洋諸島へ曲木椅子を輸出。 |
●1929 | 昭和4年 | 9月に開催されたベルギ一国際博覧会に曲木椅子を出品。 |
●1930 | 昭和5年 | 曲木家具に飛騨特産の漆塗装、春慶を塗る。 |
●1934 | 昭和9年 | 高山本線開通、従来荷馬車で運んでいた曲木家具輸送が鉄道となり、山国高山にも画期的な夜明けが到来した。 |
●1935 | 昭和10年 | 4月、わが国の対米家具輸出第一号として曲木家具のアメリカ輸出開始。 以来、戦争で一時中断はあったが昭和48年迄続き、ピーク時には(昭和35年)生産の87%を占めるまでとなり、輸出貢献企業として度々国より表彰を受けた。 |
●1942 | 昭和17年 | 満州飛騨木工(株)設立。 |
●1943 | 昭和18年 | 戦時体制が進み家具生産をストップし、 日本で初めて木製戦闘機の機体制作を開始。(高山航空工業(株)。航空本部管理工場となる) |
●1945 | 昭和20年 | 飛騨産業株式会社に改称、家具生産に復帰。 |
●1947 | 昭和22年 | 高周波乾燥機による曲木法を採用、以降、増え続ける注文に対し、背板等の比較的カーブのゆるい部品の曲木乾燥に大活躍した。 |
●1948 | 昭和23年 | 直火式乾燥法から熱風式曲木乾燥法に移行。 |
●1960 | 昭和35年 | 本格的な国内向け曲木椅子No.713を発売、その斬新なデザインはGマークにも選定され、以来今日まで34年間作り続けられ今尚現役、数年前にはロングライフデザイン賞を受賞した。 |
●1966 | 昭和41年 | 第一回ジャパンファニチャーショーに於いて、曲木を生かした食堂セットが内閣総理大臣賞を受賞、キツツキブランドの声価を高めた。 |
●1968 | 昭和43年 | 優秀な技術が認められ宮内庁より異例の指名を拝受、人間国宝の故黒田辰秋氏指導のもとに、曲木を多用した椅子3O脚・卓子1O脚・花台2脚を新宮殿「千草・千鳥の間」に謹製納入した。 |
●1976 | 昭和51年 | ファッンョン界の巨匠、ピエールカルダンがパートナーとして飛騨産業(株)を指名、バリの感覚と飛騨の伝承技術が美しい曲木スタイルを創りだし注目を浴びた。 |
●1979 | 昭和54年 | 長年の研究のもと、含有樹脂分が多くて難材ときれていたラーチ材(落葉松)を本格的な家具用材として曲木にも業界初成功。その名もフロンティアブランドで`79東京国際見本市に出展。 |
●1983 | 昭和58年 | 弊社60余年のカントリースタイルの集大成として、英国17〜18世紀の農民家具「プロヴィンシャル」シリーズを東京NSビルで発表。高度な曲木技術を生かしたボウバックチェアー等々、手作り商品の数々は感性の時代にふさわしく絶賛を博し、カントリーのトップメーカーとして不動の地位を築いている。 |
●1984 | 昭和59年 | NO.725がGマーク・ロングライフデザイン賞を受賞。 |
●1990 | 平成2年 | 飛騨産業(株)創業70周年を迎え、これを機に現存する過去の曲木家具を収集して大正様式の建物である旧事務所にまとめた。 |
●1997 | 平成9年 | 穂高リビングセット発売30周年・通算50万脚突破。 11月、当ホームページ「kitsuweb」を開設。 |
●1999 | 平成11年 | 世界に通用する飛騨デザイン創造のため「パリ国際見本市」に出展。 新しい暮らしの提案の具体化を求め、高山に「飛騨の家具館」を開設。 |
●2000 | 平成12年 | 東京晴海のJICビル内に「飛騨の家具館晴海ショールーム」を開設。 岐阜県環境配慮事業所(E工場)として登録。 |
●2001 | 平成13年 | 「飛騨の家具館高山」をリニューアルオープン。 飛騨の家具館高山横に「THE OUTLET」を開設。 大阪南港WTCビル51Fに「飛騨の家具館大阪ショールーム」を開設。 杉の木を使用した家具の研究と試作に着手。 |
●2002 | 平成14年 | 名古屋新栄に「飛騨の家具館名古屋ショールーム」を開設。 節のある家具「森のことば・ラブチェア」がGマークに選定される。 |
●2003 | 平成15年 | 飛騨の家具館高山前に穀物倉を再生した建物「THE SEED」を開設 。 高山に家具とインテリアアクセサリーのギャラリー「森のことば」を開設。 引き続き新宿OZONE、イギリス・ロンドンへも開設。 地元森林組合と製材業者5社にて「飛騨杉研究開発協同組合」を設立。 本格的な杉の圧縮加工を開始する。 「wavok」シリーズがGマークに選定される。 「baguette・Dチェア」がGマークに選定される。 Enzo Mari氏とデザイン契約を締結。 |
●2004 | 平成16年 | 「baguette・ベッド、チェスト」がGマークに選定される。 |
| ●2005 | 平成17年 | Enzo Mari氏とのコラボレーションによる杉の家具「HIDA」ブランドを、 ミラノ・サローネ期間中のトリエンナーレにて発表。 「HIDA」展覧会の、日本における巡回展をスパイラルガーデン(東京・青山) にて 開催。 |
| ●2006 | 平成18年 | 東京・表参道に「HIDA」の旗艦店となる「HIDA OMOTESANDO」オープン。 デザイン・エクセレント・カンパニー賞受賞。 「ISO9001:2000」を認証取得。 |
| ●2007 | 平成19年 | 「wavok」「HIDA」など国産杉材活用の取り組みに対し農林水産省より「木づかい運動感謝状」を受賞する。 経済産業省が進める「中小企業サポーター」に弊社社長 岡田が任命される。 世界5大家具見本市の一つであるアメリカニューヨークのICFF2007に「HIDA」ブランドを出展。高い評価を得ると同時に、関係するエディターが選定する「クラフツマンシップ賞」を受賞。 経済産業省が認定する「元気なものづくり300社」に選ばれる。 HIDAを中心とする杉材の取り組みについて経済産業省より「地域産業資源活用事業」として認定される。 |
| ●2008 | 平成20年 | 農林水産業者と商工業者等が連携して、それぞれの技術や特徴等を活用している先進的な取組として経済産業省と農林水産省が協同で選定している「農商工88選」に選ばれる。 2007年に引き続きアメリカニューヨークのICFF2008に「HIDA」ブランドを出展。 東京・虎ノ門に「飛騨の家具館 東京」オープン。 |
| ●2009 | 平成21年 | 「飛騨の家具館 大阪」が中央区農人橋に移転。 HIDAブランドのチェアが2009年度グッドデザイン・日本商工会議所会頭賞受賞。 クラレインテリアより「北海道民芸家具」のブランドと北海道工場を受け継ぐ。 北海道工場内に「北海道ショールーム」オープン。 |
| ●2010 | 平成22年 | おかげさまで創業90年を迎えました。 「飛騨高山きつつきの森・荘川」プロジェクトを開始 「baguette life」のダイニングセットがGマークに選定される。 |
●2011
| 平成23年
| 積丹産カラマツ材を使用した「北海道物語 積丹-SHAKOTAN-」発表 「飛騨の家具館 福岡」オープン。 「crypto」のダイニングセットがGマークに選定される。 本社工場・事務所を高山市漆垣内町(うるしがいとうちょう)に移転。 |
| ●2012 | 平成24年 | 「飛騨の家具館 大阪」が大阪市北区堂島浜に移転。 高山市上宝町に製材工場を設立。 飛騨産業株ュ行の小冊子『飛騨』がADC賞受賞。 本社工場施設内にて太陽光発電事業を開始。 「SEOTO」ダイニングチェアがGマークに選定される。 |